1.上江洲盛元さん

23日の朝刊を見て、あっと驚いた。
久米島の上江洲盛元さんが亡くなった。彼には、この6月、久米島の戦跡を案内していただいたばかりだった。
久米島では、先の大戦当時、日本軍による住民虐殺事件が起こった。日本軍は、一方的にスパイと決めつけて21名の住民を虐殺。生後数ケ月の乳児まで惨殺し、家に火をつけるという凄惨な事件は、「沖縄のソンミ事件」と呼ばれている。上江洲さんは、こんな久米島の歴史を丹念に追い続け、『太平洋戦争と久米島』という本にまとめられた。
彼には、島内各地の戦跡を案内していただき、夜の交流会でも、泡盛で話しが弾んだ。肺がんというから、きっとあの時から、体調を崩されていたにちがいないが、そんなことはおくびにも出されなかった。
2日目は、雨のため、鹿山隊長の壕などは廻れなかったが、「また、来てください。次も案内しますから。」と言っていただき、握手をして別れたばかりだった。それだけに、この訃報が信じられない。
2.当山栄さん
(昨年12月、屋我地島で、当山さんたちと稲嶺さんのポスター貼り)
そして、12月5日には、辺野古テント村の村長・当山栄さんが亡くなった。
海上やぐらの攻防戦の際の、彼の沈着冷静な指揮ぶりには、本当に敬服したものだ。
昨年12月には、一緒に屋我地島で、名護市長選のポスター貼りをしてまわった。その時も、彼はいつものように元気いっぱいだった。
土田武信さんも亡くなった。彼とは直接、親しくお話することはできなかったが、いろんな運動の、まるで知恵袋のような方だった。
次々と、惜しい方が亡くなっていく。